自然出産 in 吉村医院(お産の家) 2009


2009年9月3日午前5時吉村医院お産の家で3,100グラムの次女が生まれた。

【妊娠初期】
2008年11月2回目の妊娠が分かった。長女が2歳を過ぎておりそろそろふたりめが欲しい時期であった。自宅で妊娠検査が陽性となったため、早速吉村医院へ向かった。その時は仕事の都合で岐阜県大垣市に転勤していた。妻と一緒に吉村医院に行った。そこで思わぬ事態が起こった。吉村先生が超音波で子宮を見ていると、いつもの雰囲気と様子が変わった。胎児の心拍が確認できないと言われた。つまり子宮内胎児死亡で通常の妊娠ではないと悟った。先生は深刻な顔でこういう事はあることで生命の問題であり誰のせいでもない。今回の妊娠で出産までに成長する力がなかっただけだとさとされた。そばにいた助産師さんも慰めてくれた。自然に流れって出てくるのを待とうと言われ病院を後にし私と妻と長女は帰りの車の中無言だった。妻は泣いていた。勇気づけようと考えたがいい言葉が浮かばず仕方がないねとしか言えなかった。それから数日はくらい毎日が続いた、そんな中妻のつわりのような症状は続いた、だんだん体調が悪くなったため翌週再び吉村医院を受診した。代診の田中先生に超音波で見てもらうと、なんとなんと奇跡が起こっていた。心拍が確認された。赤ちゃん元気ですよ、と言われた。私は仕事に行っていたので妻から電話があり赤ちゃん生きてたと聞いてびっくりした。こんなこともあるのかと思ったが結果オーライ元気に生きていればいいと思った。妻の具合の悪さは妊娠の継続によるつわりのせいであった。その後は順調に悪阻が続いた。今回も出産を吉村医院でお願いした。しかし大垣から岡崎までは遠いため、古屋通いはできず、自宅と自宅周辺で歩いたりスクワットをしたりした。

【臨月】
順調に経過し妊娠9ヶ月を過ぎた。吉村医院では遠方からの出産を希望する人も多く、そのため臨月になるとウィークリーマンションに住み古屋通いをしながら陣痛が来るのを待つと言う流れであった。妻も臨月になり吉村医院の近くのウィークリーマンションに住むことになった。その時長女は3歳3ヶ月で初めて母と生活を別にすることになった。私と長女は大垣に残り、私の母が応援のため私の家に住み込んだ。長女と妻が別れるとき、初めての経験で長女はものすごく泣いた。今でも妻は辛かったと言っている。そこまでして吉村医院での出産にこだわるのかと悩みもあったが貫いた。毎日電話で話をしたが、長く感じる一ヶ月だった。

【出産予定日】
今回の出産予定日は8月31日。私が勝手に野菜の日といい、野菜好きの妻を喜ばせた。私も1週間夏休みをとり、出産に立ち会える体制を整えた。私が休みとなると、早速長女を連れて妻の住むウィークリーマンションで一緒に生活をした。毎日古屋に行ったり、近くの公園に行ったりして、楽しみながら陣痛が来るのを待った。しかし8月31日は夜になると陣痛のような腹痛を感じいよいよかと準備をしたりしたがその後陣痛は来ず静かに朝を迎えた。翌日予定日も過ぎよりまた弱い陣痛のような痛みを感じていたため、明らかな陣痛発作ではなかったが吉村医院にお願いし、お産の家に入院させてもらえるようお願いしたら受け入れてくれた。

【お産の家】
9月1日昼間は陣痛発作は来なかった。お産の家で私が料理を作り自炊をし楽しんだ。幸いその時お産が重ならず、お産の家は貸しきり状態で快適だった。その時先に出産していた家族と仲良くなり気が紛れて楽しかった。まる2日寝れてなかったため、またもう少しで夏休みが終わると言う焦りの気持ちもある中、ひたすら陣痛発作を待つことは待てない私にとっては修行だった。
9月2日日中は公園へ行きひたすら歩きスクワットをした。夕方になり少しお腹が下がっていると思った。夕食は私が自炊でいろいろ料理した、ストレス発散に料理は楽しかった。子供が寝てから吉村医院で仲良くなったお父さんと夜お酒を飲んだ。無事に生まれたお祝いと、これから生まれる我が家の前祝?(待つことにくたびれ果てた私のストレス発散のため)。この数日寝てなかったのでお酒の影響もあり、9時過ぎに寝てしまった。

【陣痛発作】
11時過ぎ陣痛が来た。助産師の沖野さんが妻を介助してくれた。陣痛のたびにくる痛みを和らげるため、ほとんど夜中じゅう妻の背中をさすってくれた。全く役に立たない私は、深夜1時ごろまた寝てしまった。4時半ごろ起こされた。もうすぐ生まれますよと言われた。酔いは覚めていた。まもなくして長女も目を覚ました。沖野さんは妻の背中をさすり続けていた。本当に献身的だった。お産の家の部屋には、和室に一本の太い縄がつるされてあった。ひとによっては、縄にしがみつき出産するという聞いた。妻は今回も半分四つん這いのような格好で出産した。私は妻の前で縄の役として妻に思いっきり掴まれた。ものすごい力だったことを思い出す。吉村先生は時々来て沖野さんと話して戻っていった。沖野さんに任せていた。強い陣痛により頭頂部が見えたり少し戻ったりした状態になった。それを見て赤ちゃんが今まさに自分の力で出てこようとしている強さを感じ胸がこみ上げてきた。長女もじっと見ていた。次の陣痛でその後一気にスルッと生まれた。とっても綺麗な女の子だった。体全体が光って見えた。体重も3,000グラムを超え、パーフェクトボディー、完璧と言うような印象の見ていて不安を感じさせない赤ちゃんだった。大きな産声をあげた後後そのまま妻の胸に抱かれた。外は朝日に包まれた爽やかな雰囲気だった。残り夏休み2日を過ごし私は元の生活に戻った。吉村医院のお産の家で次女を出産できその時考えられる最高の出産であった。

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